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福岡地方裁判所 平成元年(ワ)1899号 判決

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 岩田喜好

被告 乙山花子

右訴訟代理人弁護士 小泉幸雄

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

一  本件訴えの請求の趣旨及び原因は別紙記載のとおりである。

二  被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との裁判を求め、請求原因に対する認否として、請求原因一の事実は認め(ただし、原告の主張する遅延損害金の額は、執行費用を加えた額である。)、その余の原告の主張は、前の離婚等請求事件の確定判決の既判力に触れるので、主張自体理由がないと主張した。

三  本件請求は、要するに、原告、被告間の離婚等請求訴訟において、被告が内容虚偽の被告の陳述書二通を提出し、宣誓の上虚偽の陳述をしたので、裁判所の誤った判断がなされ、金二〇〇〇万円の財産分与とその遅延損害金の支払を命ずる判決が上告審で確定し、原告が昭和六二年七月二五日に被告に対して右判決に基づき元本金二〇〇〇万円、遅延損害金一八万二九七一円を支払ったので、不法行為による損害賠償として右支払額とそれに対する遅延損害金の支払を訴求するというものである。

四  ところで、財産分与は婚姻中に蓄積された夫婦共有財産の清算と離婚後の相手方の扶養、離婚による慰謝料、婚姻費用の清算等の要素を含む請求権であり、財産分与の権利義務そのものは離婚の成立によって当然発生し、実体的な権利義務として存在するものであって、その具体的内容(分与の額及び方法)は当事者の協議により確定するのを原則とし、その協議ができないときに、家庭裁判所が、審判手続で、後見的立場から合目的の見地に立って裁量権を行使して、その具体的内容を形成することとされている(民法七六八条、家事審判法九条一項乙類五)。そして、離婚の訴えが提起された場合は、人事訴訟手続法一五条一項によって、手続の経済と当事者の便宜とを考慮して、本来家庭裁判所の審判事項である財産分与の申立てを離婚の訴えに付随して申し立てることができるものとされているのである。

したがって、原告と被告との離婚の判決が確定した以上は、離婚によって発生する基本的、抽象的請求権としての財産分与請求権を被告が取得したことはもはや争う余地はなく、さらに、右の離婚訴訟においてこれに付随する財産分与の申立てに基づき被告の財産分与請求権についてその内容を具体的に形成する判決がなされ、それが形式的に確定した場合には、法の定める手続により具体的な財産分与請求権の内容が確定したのであるから、当該裁判の形成効によって、原告は、被告との間で被告が前期内容の具体的財産分与請求権を有していたこと自体を否定できなくなるものというべきである。そうでなければ、法が具体的な財産分与の確定方法を定めた意味がなく、また、裁判による具体的形成の場合には、当事者の意思に反して分与が命じられることにはなるものの、本件の場合、財産分与の具体的内容が上告審まで含めたところの訴訟手続によって確定しているというのであるから、一般的には、財産分与の具体的確定手続における当事者の手続的保障の面においてもなんら欠けるところはないというべきであって、当事者を裁判の効力に服せしめることが不当であるとする理由は見出しがたい。

そうすると、本訴が不法行為による損害賠償請求であって前訴とは訴訟物を異にするとしても、前記判決に基づき支払った金員を損害として主張することは、被告に金二〇〇〇万円の財産分与請求権がなかったことを不可欠の前提としなければならないから、前記判決の効力を否定するものとして原則として許されないと解すべきであり、不法行為あるいは不当利得のいずれの構成によるにせよ、前記確定判決に基づき給付された金員の返還を求めるためには、特段の事情のない限り、法律上認められた手続によってその裁判の取消し、変更を得ることを要するものというべきである(なお、離婚訴訟に付随して申し立てられた財産分与請求についてした判決が通常訴訟と同一の厳密な意味での既判力を有するか否かは、財産分与に関する処分が本来審判事項であり非訟事件たる性格を有することから議論の分かれるところであるが、前記のとおり、別訴により財産分与に関する裁判に抵触する主張が許されないとする理由は、右の意味での既判力から説明されるものではなく、財産分与が家事審判手続で確定した場合であってもなんら異なることはない。)。

五  もっとも、形式的には確定した裁判であっても、その裁判が無効である場合、または、その裁判の成立過程において、当事者が相手方の裁判手続への関与を妨げ、あるいは裁判所を欺罔し、その不正行為によって刑事上詐欺罪等の有罪判決が確定するなど明らかに公序良俗に反するような場合には、例外的に先の裁判の取消しを待たずに不法行為による損害賠償を認めることができないわけではない。しかし、本件の場合は、原告の主張を前提としても、原告は、前訴において財産分与を不服として控訴、上告し、事実審において攻撃防御を尽くす機会が与えられていながら、相手方の偽証(本人の虚偽の供述)を打ち崩すことができずに金二〇〇〇万円の財産分与を命ずる判決を確定させたというのであって、本訴では単に相手方の偽証を攻撃しているに過ぎないから、その実質は、前訴の判決に示された裁判所の証拠の取捨選択、事実認定を論難し、前訴の紛争の蒸返しをするに等しいので、前記の不法行為法上の救済を求めることができる例外的な場合には当たらない。

六  以上のとおり、原告の請求は主張自体理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大島隆明)

〈以下省略〉

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